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フライディと私◆GIRL POWER(直接ジャンプ  1 2 3 4 おまけ )
 
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 しばらく泣いた後でローズはようやく涙の理由を打ち明ける気持ちになったらしい。
「最初に言っておくけど、『なんでっ!?』とか『馬鹿じゃないの!?』とか言うの禁止ね」
 と、とてもローズらしい前置きの後でやっと、彼女は話しはじめた。

「……あのね。先々週ネイサンの友達のパーティに行ったでしょ?」
 ローズがキャットを避け始める前の話だ。
 大学の講義の帰り、キャットとローズが二人で買い物をしている時にネイサンから友人宅のパーティに誘われ、『友達も一緒に来ればいい』と言われてキャットも付いていったのだ。
「あの時撮った写真が、パーティに来てた他の子のSNSにアップされたの」
「うん」
「キャットと私の顔がはっきり写ってて、キャットのは有名人っぽく名前も載ってた」
「うん」
 話を聞いたキャットが一瞬嫌だなと思ったのは本当だった。
 しかし学生のプライバシー意識の甘さは今回に限ったことではないし、自分だけを狙って盗撮されたのでなければいちいち気にしていられないのも本当だった。撮られた写真すべてをチェックするような暇はないのだし。
「変なことに使われたら嫌だと思ってネイサンにがんがん怒ったの。人の顔がはっきり写ってる写真を平気で公開するような友達と付き合うな、全部下げるように言えって。でなきゃ別れるって」
「別れたのっ!?」
「別れてないよっ!!」
 キャットはてっきりさっきのローズの涙はネイサンと別れたせいだったのかと思ったのだが、違ったらしい。
「全部削除されるまで会わないって言ったけど別れてないっ!!」
 キャットは、幸せそうな人を見たり話を聞くのが辛い時ってあるんだよ、というフェイスの言葉を思い出しておそるおそる聞いた。
「私のこと避けてたのってそのせい?」
「そうだよ!」
 キャットの胸がずきんと傷んだ。
 が、ローズの心境は彼女の友達たちの想像とは少し違っていた。
「写真消えなかったらネイサンと別れるかもしれないんだよ! 普段どおりキャットとにこにこなんてする気にならないよ!」
「ううっ!」
 キャットは口ごもった。
 ローズが最初にNGワードを設定したのは正しかった。今もしNGワードを有料で解除できると言われたらキャットは課金してしまいそうだった。

 ローズは愛情豊かで面倒見も良い頼れる友人だ。
 でもそんな犠牲を払ってまで自分の面倒を見てくれなくても、キャットはちゃんと自分で自分の面倒くらい見られる。ローズはそう思っていないかもしれないがキャット自身はそう思っている、そう訴えたかった。
 そんな写真のことはいいから早くネイサンと仲直りしてよ、私とも仲良くしてよ、と言いたかった。

「まあそこまではいいのよ」
 よくない、とキャットは思ったが我慢して続きを聞いた。
「一昨日匿名のメールが来たの。『写真をばら撒かれたくなかったら金を払え』って」
「えっ? それってスパムとかじゃないの?!」
「最初は私もそう思った。でも無視してたら昨夜『ブラウニー大好き』って書いた二度目のメールが来て、あのパーティの画像らしいものがついてて、ブラウニーが写ってるの」
 キャットは思わず訊いていた。
「食べた?」
「食べてない」
 ブラウニーを食べることの何が問題かというと、普通のブラウニーとそっくりで、所持が禁止されたとある成分を含むブラウニーが存在することだった。
 多少匂いがあるらしいが、皿に並べてしまえば見た目では分からないらしい。
 あのパーティで出されたブラウニーがどちらだったかは写真だけでは分からない。
「キャットこそ食べてない?」
「ないないっ!」
 キャットはあわてて叫んだ。

 メルシエ王国とキャットの生まれ育ったノーサンリンブラムでは法律に多少違いはあるが、その薬物の使用自体は犯罪にあたらない。所持は違法だが少量であれば通常逮捕まではされない。自転車の二人乗り、喫煙禁止区域での路上喫煙、駐車違反といったものと同様に逮捕の労力に見合わないため見逃されている軽犯罪の一つだ。
 しかし合法であれば、軽犯罪であれば構わないのかといえばそれはまた別の問題だ。

 犯罪でなくとも、未婚のパートナーを裏切って浮気をする人間の誠実さへの信頼は割り引かれる。
 合法薬物を使用する人間への信頼は、全く薬物を使用しない人間への信頼よりも割り引かれる。

 好奇心から一度だけと言い訳しても、薬物使用にはダーティなイメージがつきまとう。一度でも使ったことがあると告白したら「そういうことが平気な人なんだ」と周囲に見られる覚悟をしなくてはいけない。「そんなの大したことがない」と思う人と「自分は絶対しない」という人の間には狭いが深い溝があるのだ。

 キャットはもし自分の写真に『ブラウニー大好き』と書いてばら撒かれたらと想像し、身震いした。
 親しい相手なら書かれたまま信じたりはしないだろうが何故こんなものがばら撒かれたのかといぶかしむだろうし、親しくない相手ならそのまま事実だと思い付き合いに距離を置くかもしれない。逆に興味本位で信頼できない知り合いが近づいてくるかもしれない。
 そう思うと、簡単にローズに向かってそんなメール無視すればいいとは言えなかった。

 ローズがため息をついて、さっき飲み干して空になったカップを再び手にして両手でぱふぱふと潰しながら言った。
「続くようなら警察に言った方がいいのかなとも思うけど……でもね、これネイサンの友達のいたずらなんじゃないかとも思うんだよね」
 キャットも思い付きながら口にしなかったことだ。
 ネイサンからパーティの画像を削除するように言われた友人が、悪意をもって送ったメールである可能性は高い。もしたまたま見つけた画像で誰かを脅かしてやろうと思った無関係の人間なら、ローズではなく画像をアップした本人に宛ててメールするだろう。
「ネイサン……本人も一緒にやってるかも、なんて」
「それはないよ!」
 キャットはローズのつぶやきを力一杯否定した。
 キャットも数回会っただけだが、ネイサンには優柔不断というか周囲の皆にいい顔をしたがるところはあるものの、陰険なところはみられなかった。ローズに別れると言われて豹変し復讐心を燃やす可能性も全くないとはいえないだろうが、ローズの話ではアップされた画像の一部は削除されたという。それはネイサンが地道にパーティの参加者に頼んで画像を消してもらっている証拠ではないか。

「――そういえばローズ、なんてあんな場所にいたの?」
 話題を変えようとしたつもりはなかったが、キャットはふと思いついて訊いた。
 ローズが嫌そうに答えた。
「薬物検査キット買いに行ったの」
「うぐっ」
 キャットは二度目のNGワードもぎりぎりで回避した。
「だって悔しいじゃない! 自分がやってもいないことで脅されて、でももしかしたら気付かずにやってしまったんじゃないかって怯えて強く出られないとか相手のいいようにされてるみたいで。検査して使ってないって証明できれば警察にも堂々と相談できるでしょ! でもそういうキット売ってる店に出入りしてるところ見られたら余計疑われるんじゃないかとか考えてたら店に入れなくて……」
 キャットはいかにもローズらしいなあと思いながら聞いていたが、ローズの声が震えて途切れたのには気付かなかったふりをした。
 キャットはてきぱきと言った。
「ローズ、私これから実家に帰るから一緒に行こう。それで一緒に病院に行こう。私だって同じパーティに出てるんだし検査した方がいいと思うの。一人では受けづらいから一緒に来てよ」
「……何も持ってないし、着替えもないし」
 ためらうローズに、キャットが後部座席に詰め込んだランドリーバッグを指して元気よく言った。
「大丈夫、着替えなら後ろにいっぱいある! 二時間もあれば綺麗になるから貸すよ!」
 ローズがたまらず噴きだした。
「キャットって……本当にキャットってもう……」
 言葉に詰まったローズに、キャットが助け舟を出した。
「運動バカ?」
「それは否定しない」
 素早く返されたキャットが抗議の声を上げるより早く、ローズが朗らかに笑った。

 それから二人は一路ノーサンリンブラムを目指した。
 運転席と助手席でダムが放水を始めた時のように切れ間なくお互いの出来事を報告しあい、ささやかな約束(今度あの店に行こうって言ってたよね、あの映画まだ公開されてないのかな)を確認しあい、ローズもあの翌日に行ったという新しいケーキショップの感想を言い合い、お互いのレポートの進み具合を確認しあい……ようやくフェイスのことを思い出して、運転中のキャットに代わってローズから仲直りの報告を入れた。

 数年前に無人になった国境検問所を通過してからやっと、二人の会話は一段落した。
「ああ、よく笑った」
「うん、本当によく笑った」
 喋りつかれた二人は満ちたりた思いで沈黙を味わった。
 やがてローズが、明るい声で言った。
「キャットの家に行くの、初めてだから楽しみ」
「私も、大学の友達連れて帰るの初めて」
「ねえ、一度も家に連絡してないけど突然友達連れて帰っても大丈夫なの?」
 ローズの心配にキャットが頷いてみせた。
「うん。うちお父さんもお母さんも仕事してるから電話しても邪魔になるし。先ぶれがないといけないような家じゃないから」
 笑いながらそう言ったキャットは、これがチップといつも交わす冗談の一つだったと気付き、嫌味に聞こえただろうかとはっとしたが、ローズに気にした様子はなかった。

 ローズに避けられていた理由はキャットが思ったのとは違ったが、それにしてもローズがネイサンにあれほど厳しく削除を手配させたのはキャットが王子の恋人だからだろう。
 仲直りでふわふわと浮き立つ気持ちを少し落ち着けなければ、とキャットは反省した。

 キャットの家に着いた二人は、事務所で仕事をするキャットの母親に短い挨拶をしてすぐキャットたち家族が通いつけの病院へ急いだ。
 土曜日の受付が終わる前に滑り込んだ二人は小声で喋りながら順番を待ち、検査を受けてから診察室に呼ばれて入った。
「キャット。今日は怪我じゃないのか」
「レイ先生久しぶり。友達と検査受けたんだけど、一緒に結果聞いちゃ駄目?」
「本人以外に結果は教えられないよ」
「どうせ教えあうんだけどな」
 文句を言ったものの医師の方が正しいと分かっているキャットは素直に従った。
「君の検査の結果はすべて陰性、問題なし」
「よかったぁ」
 キャットはほっとした顔で言った。
「薬物の使用は違法ではないが、医師としてお勧めはできないよ」
「分かってます。今回は知らずに食べたんじゃないかって心配だったから」
「外国製のダイエットサプリに精神疾患の治療に使われるのと類似の薬物が含まれていたケースもある。変わったものは口にしない方がいい」
「はい」
「要するにお父さんのパンとお母さんの料理が一番安全ってことだ」
「本当だよね」
 そう言うとキャットは、家族ぐるみで世話になっている医師に遠慮のない本音を言った。
「ねえ、レイ先生! 友達も早く結果聞きたいと思うから私はもういい?」
「医者の顔なんて長く見るもんじゃないからな」
「はあい。ありがとうございました。また会うまで先生もお元気で」
 さっさと診察室を出ていくキャットの背中を苦笑して見送ったレイ医師は、交代で入ってきたローズを笑顔で迎えて椅子を示した。
「どうぞ、掛けて。ミズ・アボット」
「はい」
 緊張した様子のローズに、検査の結果を手渡しながらレイ医師は告げた。
「検査の結果は陰性、ただしごく微量の薬物成分が検出されました」
 ローズの顔から血の気が引いた。医師は落ち着いて説明を続けた。
「これは日常の食事、例えば最近摂った食事に同成分が含まれていた場合などに検出される程度の数値なので問題はありません。結果表の数値がゼロでなくても心配しないで下さい」
 ローズが下を向いてハンカチを取り出し嗚咽を押さえた。
 レイ医師はさらに言い添えた。
「市販の検査キットでは数値の見方が分からなくて不安が残る場合も多い。こうして医師から結果を聞く方が確実なので、また何かあったらうちでも、別の病院でも検査を受けにいらっしゃい」
 ハンカチ越しに聞こえた返事に、医師は満足げに微笑んだ。

 診察室を出たローズは、心配そうな顔でドアの前に飛んできたキャットに濡れた目で微笑んでみせた。
「ローズ、レイ先生に何か意地悪言われたの!?」
「おいおい、キャット」
 診察室から抗議の声があがったが、キャットは無視した。
「大丈夫だった」
「よかった!」
 ぎゅう、と抱き付いてきたキャットを抱き返したローズは、次の患者が診察室に呼ばれたのに気付いて慌ててドアの前から移動した。
「じゃあ次は家でお泊り会だね」
 うきうきするキャットにローズが釘を刺した。
「その前に洗濯してよね」
「うっ」
 キャットは喉に何かつまらせたような声を立てた。
 
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