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フライディと私◆GIRL POWER(直接ジャンプ  1 2 3 4 おまけ )
 
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 ローズはその晩キャットの両親と夕食を共にした。
「キャットのお友達が家に来てくれるなんて嬉しいわ。お口に合うといいのだけど」
「とても美味しいです、ミセス・ベーカー」
 ローズは大学の入学試験でインタビュアーの前に座った時の気分で、テーブルクロスに染みを飛ばさないように神に祈りながら淑やかに答えた。

 ローズは勝手にキャットの大人版の『おしゃべりで気の良いお母さん』を想像していたのだが、実際のキャットの母、ミセス・ベーカーは、顔立ちこそキャットと似ているものの妙な迫力のある、気楽に話しかけられるパン屋の奥さんという印象とはおよそ正反対の女性だった。どうしてこのミセス・ベーカーの娘がキャットのように素朴……庶民……普通っぽくなるのかと、ローズは内心で首をひねった。
 ミセス・ベーカーに比べると父親のミスター・ベイカーの方はローズの想像にかなり近かった。マナーの教科書のような上品さとは異なるが食べ物を扱う職人らしい丁寧な仕草は見ていても嫌な感じがしない。寡黙で穏やかで、ローズがこうだったらいいなぁと思う父親像に近かった。彼女の父も悪い人ではないのだが、声が大きくてエネルギッシュで、食事の時にはちょっと黙ってと言いたくなるタイプなのだ。
「ローズはゲストルームじゃなくて私の部屋で一緒でいいよね」
「あまり夜更かししないのよ」
「うん、わかった」
 ずっと黙っていたミスター・ベーカーが、ローズに話しかけた。
「明日の朝、食べたいパンは?」
「はい?」
 驚いて訊き返してしまったローズの代わりに、キャットが答えた。
「ローズはベーグル! あと私はレモンカスタードパイ!」
「焼けたら連絡するから取りに来なさい」
「やったあ!」
 何を言う間もなく決まった段取りに、ローズが目を丸くした。
「ジャックはうちのパンをミズ・アボットに召し上がっていただきたいようよ。ご迷惑でなければ」
「迷惑なんて、もちろん、ええ、ぜひ」
「うちに帰って何が一番嬉しいってやっぱりこれだよねぇ」
 キャットは今から楽しみでたまらないという顔で言った。
 夕食後、後片付けの申し出を辞退されたローズと片付けを免除されたキャットは、早々にキャットの部屋に引き上げた。朝早い仕事のベーカー夫妻に遠慮したローズが、長々とリビングに居座るのを憚った……というのは表向きの理由だ。

 ローズはキャットの部屋のドアが閉まったところでやっと素の自分に戻った。
「――ううう、なんか緊張したー!」
「ごめんね、うちのお母さん怖いんだよね」
 キャットが申し訳なさそうにローズに謝る。
「怖いっていうのとは違うかな、ちゃんとしなきゃいけないって感じ?」
「でもごめん」
「大丈夫。あとお父さん素敵」
 ローズがフォローのつもりで言うと、キャットが顔を引きつらせた。
「あー、それお母さんに言わない方がいいかな」
「ええっ、そういう意味じゃないよ? 素敵なお父さんだなあって」
「ほんとごめんね! でもうちのパンはほんとに美味しいから!」
 キャットのよくわからないフォローに、ローズは声を忍ばせて笑った。

 キャットの昔のアルバムを見たり、ゲームをしたり、ヨガをしたり、くだらない話をしたりしていつの間にか夜も更けていった。
 二人は寝支度を整えてベッドに横になってからさらにおしゃべりを続けた。
「……ねえローズ」
「うん?」
「画像のこと、私そんなに気にしてないよ」
「気にしてよ!」
 ローズが強く言った。
「私は自分の顔出るの嫌だよ! 知らない人に写真使われてなりすましとかされるの嫌じゃないの?」
「ぐっ、それは嫌だけど」
「ボーイフレンドが誰だろうとキャットは普通の大学生なんだから、自分の写真を知らない人に見られても気にしないとか言っちゃ駄目だよ!」
 キャットは横にいるローズの腕にぎゅうっとしがみついた。
 いつもしがみついている恋人のものとは全然違う、女の子らしい丸みを帯びた肩に顔をぐりぐりしながらキャットは甘えた声を出した。
「ローズ大好き」
「そういう話じゃない!」
 ぷんぷん怒るローズを余計に怒らせると分かっていながらキャットは繰り返した。
「でも大好き」
「もう!」

 あの時キャットは確かにチップだけいれば何もいらないと思った。
 でもやっぱり友達も家族も焼き立てのパンも美味しいケーキも全部欲しい。

 ――そう思うことは少しだけ過去の自分に申し訳なかったけれど、欲張りな日常を過ごす自分も、キャットは嫌いではなかった。

 しばらくして、ローズが言った。
「あのメール」
「うん」
「やっぱり無視する。検査で証明できたし……続くようならまた考えるけど」
「大丈夫?」
「うん、もしかしてキャットのところにも変なメールきたら教えて」
「分かった」
 キャットはこちらの件に関してはまだいろいろと納得のいかないところがあった。本当にネイサンの友達のいたずらだったとして、そんな卑怯な真似をする人が自分のボーイフレンドの友達でいてローズは平気なのかとか、無関係の誰かがローズや自分の写った画像データをメールに添付して送ってきたとしたらの薄気味悪さとか、ローズと話したいことはまだいくつもある。
 けれど薬物検査の時とは違ってキャット自身にはローズの助けになる手立てが何もない。すぐに思いつくのはチップに相談することくらいだが、友達のトラブルも含めた何もかもをチップのところに持ち込んで解決してもらうのでは、あんまり自分が情けないと思った。
 それに多分ローズはそんなことを望んでいない。ローズが相談するとしたらその相手はチップではなくネイサンだろう。
「お休み」
「うん、いい夢を」

 翌朝ローズは「キャットが明け方コアラベアみたいにしがみついてきて寝苦しかった」と苦情を言い立てたが、ジャックが用意してくれた焼き立てパンの美味しさに態度を軟化させ、焼き立てにクリームチーズとブルーベリージャムを塗ったベーグルはコアラベア二匹分のしがみつきと等価だと算定した。

 キャットの洗濯ものはローズも手伝って綺麗に畳まれ、お土産のパンと一緒に後部座席に積まれ、お泊り会を終えた二人は再びメルシエに戻った。

 週明けからローズとフェイスとキャットはまた三人で行動するようになり、「心配したよ」と怒ってくれる友達にはローズとキャットが二人で一緒に謝った。

 ローズとネイサンとの関係が今後どうなるのか、キャットは非常に気になっていたがこれ以上は口を出せなかった。フェイスの『ローズのことはローズの問題』というアドバイスを今度こそ忘れず、ローズが話せるようになるまで待つつもりだった。

 そんなある日。その日最後の講義を受講したキャットたち三人は学校を出て、カフェでお茶を飲んで帰ろうかとぶらぶらと歩いていた。
 三人の先頭はローズだった。

 キャットとフェイスの視界を、突然割り込んできた男の背中がいっぱいに塞いだ。
 背中の持ち主が後ろからローズの腕に手を伸ばす瞬間が、キャットにはスローモーションに引き延ばされて見えた。

 キャットはとっさに後ろから男の肘を両手で掴み、全体重をかけて後ろに引いた。体勢を崩してよろけた男の顔に、フェイスは教科書入りのバッグを叩きつけた。
 男は苦痛の声を上げ、両手で顔を押さえて座り込んだ。
 何事かと振り向いたローズが一声叫んだ。
「ネイサン!?」
「えっ!?」
 キャットとフェイスはぞっとしてお互いの顔を見合わせ、キャットはぱっとネイサンの腕から手を離した。

 キャットが知っている二週間前のネイサンは金髪を肩まで伸ばしていた。
 今目の前にいる男の髪は茶色でしかも短かった。
 でもそういわれてみれば背中はネイサンと似ているような気がする。彼は未だに鼻を押さえて苦しんでいるので身体の前側についてはよく分からないが。
 ……どうやらキャットとフェイスの二人は、とっさに友達を守ろうとして大変なことをやらかしてしまったようだ。
 もし言い訳が許されるなら、さきほどのネイサンの背中にはキャットたちが誤解するほどの緊張と気迫が感じられたのだ。――何と誤解したかはまあ、言わない方がいいだろう。

「ほんっとうにごめんなさい!」
 キャットたちの謝罪を、涙目のネイサンは快く受け入れてくれた。それどころではなかったとも言うが。
 ネイサンは喋れるようになるとすぐ、鼻血の跡が残る顔でローズに言った。
「全部の写真削除させたから」
「その髪どうしたの?」
「切って、色も戻した」
「切らないって言ってたじゃない」
「短い方が良いってローズが言ったから」

 フェイスがローズ達に向かって言った。
「話長くなりそうだから、お店入ろう? 私たちは別のテーブルに行くね」
「あ、うん、そうだね」
 三人で寄るつもりだったカフェで、二人組に別れた四人は三つ離れたテーブルをそれぞれに占めた。キャット達は話の聞こえないテーブルからローズ達の様子を眺めた。こちらに向いたローズの顔にはまだ硬さが残っていたが、ネイサンの話に真剣に耳を傾けている様子だった。
「ローズよかったね」
「ネイサンもやる時はやる男だった!」
「これで元通りかな」
 フェイスの言葉にキャットはすぐ返事ができなかった。
「……そう、だといいね」

 フェイスには匿名のメールがローズに送られたこともローズとキャットが薬物検査を受けたことも話していなかった。
 本当にあの件はうやむやのまま終わっていいんだろうか、と思いながらキャットはローズ達のテーブルをちらりと見た。いつの間にかテーブルの上でローズの手がネイサンに両手で握られていた。
 後はローズがネイサンに話そうという気になれば話すだろう。これ以上は余計なお世話だ。

 そんな風にもの思いにふけっていたキャットに、フェイスが言った。
「私キャットにも謝らなきゃって思ってたんだ」
「私?」
 突然の発言に、キャットはきょとんとした顔で自分を指した。フェイスが頷いた。
「ローズの様子がおかしかった時、変なこと言っちゃったから。気にしてたでしょ?」
「う」
「あれでキャットがちょっと私のことも避けてたから、いけないなぁと思ってたんだ」
「そんなことないよ?」
 そう返したものの、キャットはフェイスの言葉で納得していた。
 フェイスには何のわだかまりもないつもりでいたが、実際には彼女の言葉はキャットの胸に深く刺さっていて、だから自分は二人に近づきがたかったのだと。

「私、フェイスのこと避けてた?」
「そうかなぁって。違ったらごめん」
「うん、まあショックはショックだった」
 深刻な打ち明け話が始まりそうな空気を、現れたローズが吹き飛ばした。
「このままネイサンと一緒に先に帰るね」
 そのローズを見上げて、フェイスが訊いた。
「ねえ、ローズはキャットのこと羨ましいなって思う?」
「フェイス?」
 慌てるキャットとにこにこしながら答えを待つフェイスを見比べたローズは、にやりと笑って言った。
「ぜーんぜん。チャールズ王子って私のタイプじゃないし」
 キャットは一瞬あっけにとられ、それから笑い出した。
 緊張が解けた後のややヒステリックな笑いだったが、一度笑い出すとキャットは止まらなかった。
 笑いすぎて喋れないキャットの代わりにフェイスがローズに言った。
「じゃあまた明日ね」
「うん、また明日」
 笑い続けるキャットも、手だけ振ってローズを見送った。

 ようやく笑いがおさまってきたキャットに、フェイスがいつものように穏やかに言った。
「つまり、結局のところ、キャットのこと羨ましいなあって思ってたのは私だったってこと」
「フェイス?」
「偉そうに語っちゃってごめんね。妬ましいとか不幸になれとか思ってはいないんだけど」
「フェイスがそんな風に思ってるなんて考えたことないよ!」
 キャットはあわてて言った。フェイスはにこりと笑って答えた。
「うん、友達が幸せだとよかったなぁって思うのは本当だよ。私も誰か私一人を好きになってくれる人がいたらいいなとは思うけど、それは私の問題だから」
 キャットはフェイスのいつもの笑顔をじっと見つめた。
「フェイスってさ、いつもにこにこしてるけど結構いろいろ分析してるよね」
 聞きようによってはひどい言われ方だが、フェイスはそれをキャットの悪意とは受け取らなかった。キャットにそういう意図がないことは今までの付き合いでよく分かっている。
「考えずに思ったこと言ったりしたりはできないの。キャットと違って」
 この言葉も、キャットはフェイスが言いたいことを我慢して抱えているとか、ましてやキャットに対して思うところがあるとは受け取らなかった。

 キャットはにやにやしながら言った。
「そんなことないよ、さっきの平手は素早かったじゃない」
「びっくりして叫ばなきゃって思ったのに声が出なくて、キャットが動いたから夢中だったの」
「完璧なコンビネーションだったよね」
「相手がネイサンじゃなければね」
「そこ一番大事」
 可哀想なネイサンと自分たちの失敗を笑い飛ばし、やがてキャットは言った。

「ほーんと、フェイスが友達で良かった。私とローズだけだとかーっとなって走ってってばんって壁にぶつかったり転んだりしちゃうから、いつもフェイスが話を整理して落ち着かせてくれて助かってるんだ。フェイスって本当にサンドイッチのフィリングみたいだよ」
「間にはさんで色んなところに持っていってくれる友達がいてくれて良かった。私一人だとなかなか行動に移れないから」
「そうだ、持っていくで思い出したけどフェイスも今度うちに連れていくね!」
「うん、噂のパン食べに行くね。うちにもおばあちゃんコレクション見に来て」
「行く行く!」
 こんな風にとりとめなく話題をころころと変えて、フェイスとキャットはそれから更に二時間カフェで喋り倒した。

 ローズからはこの日の夜遅く、メールアドレス変更の連絡が届いた。(それまで変えなかったのはもちろん、ネイサンからメールが来るかもしれなかったからだ)
 新しいアドレスにはもう匿名メールは届かなかった。

 それから変わったことが一つ。
 ローズがネイサンのことを愚痴るとキャットとフェイスがネイサンの肩をもってローズをなだめるようになった。
 それを知ったネイサンはガールパワーは不審者の撃退にも恋愛相談にも有効だと笑い、これでキャットとフェイスの評価をまたぐんと上げた。
(本編おわり)
おまけショートショートへ続く

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