ページの端◆刷り込み
部活の後で着替えて新しいコロンをつけたら、部室に入ってきた部長が大声で言った。
「なんかばーちゃんみたいな匂いしねぇ?」
白檀系の香りはたしかにちょっとクラシカルだけれども!!!――と憤った私を引き連れ、部長が訪れたのは近くの病院。
「ばーちゃん! 生きてるか?」
「失礼な子だね。死ぬような病気じゃないよ」
「だよな、整形外科ってシップの匂いがさわやかだな!」
「帰れ」
ベッドから身を起こした老婦人が手で虫を払うような仕草をした。
が、部長は気にした様子もなく私の服を引いてベッドのそばまで近づいた。
「なあなあ、ばーちゃんが『もう売ってない』って言ってた昔の香水、これと同じ匂いだよな!」
「――おまえまさか通りすがりのお嬢さんを無理やり連れてきたんじゃないだろうね」
老婦人が部長をにらみあげた。
「ちげぇよ、俺の後輩!」
老婦人は私に向かって深く頭を下げた。
「この子の祖母です。大変ご迷惑をおかけしました。馬鹿孫に代わってお詫びします」
「いえいえ、ちょっとびっくりはしましたけど事情は聞いたので。これなんですがどうでしょう?」
私が差し出したアトマイザーを両手で受け取ったおばあさまは、顔の前でそれを少し振って、手首に向かってひと吹きし、やがて、にこりと微笑んだ。
「ずいぶん経つのによく覚えてたね」
「な! 同じだろ? 俺大好きだったんだよばーちゃんの匂い」
部長がにこにこしながら言った。
思ったこと全部口からだだもれするし、しばしば不適切な発言をするけど、部長は優しいし面倒見もいい。
部長の言う「ばーちゃんの匂い」に古臭いとか年寄り臭いという意味はないのだ、なかったのだ。……「祖母が使っていた、大好きだった香り」って言い換えは、たぶん部長には無理なんだろうなぁ。
おばあさまは私に向かってふたたび深く頭を下げた。
「ご迷惑でしょうが、この香水を買える場所まで馬鹿孫を案内していただけませんか? 買い物メモ入れたかごでも首から下げていかせりゃいいんでしょうが、迷子になってその辺ぐるぐる回ってたどり着けないといけないのでお願いします」
完全に部長を駄犬あつかいしたセリフに、思わずふきだしながら答えた。
「はい、大丈夫です」
おばあさまは白い紙でお札をさっと包んで部長に渡し、小声で何か指示を出した。
廊下に出たとたんに部長が言った。
「ばーちゃんがこの金で香水買ったあと、メシご馳走して家まで送れって」
「部長……いろいろ台無しです」
「あと『あたしの刷り込みに感謝しろ』って。どういう意味だろ?」
――――なんとなく意味分かっちゃうけど、部長には教えません。
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