ページの端◆サボテンと大木さんの話
湿気は本の敵だ。しかし視界に緑がある方が落ち着けるのが人間の本能らしい。
ということでこの図書館には乾燥に強い多肉植物、つまりサボテンが置いてある。
あるのだが。
「あのう、大木さん」
何度かためらった後、私は窓際に座る馴染みの利用者さまに声をかけた。
「恐れ入りますが、そちらは観賞用に置いてありますので……あと、図書館内は飲食禁止です」
片手にページめくりを持ち、片手でサボテンをむしる動作の途中で大木さんがフリーズした。
このだるまさんがころんだ状態は危機を察知してなる本能的なものだ。相当な動揺がみてとれる。
「すみません、祖母が好きだったので懐かしくてつい」
外耳のない鼓膜をぺこりぺこりさせながらうろたえる大木さんの姿に、注意したこちらもいたたまれない。
「飲食には休憩コーナーをお使い下さい。あと株分けしたものがあるので差し上げますね」
早口で告げ踵を返す。
袋に入れた小鉢を渡すと、大木さんは細い舌をぺろりと出して香りを喉奥で楽しむように目を閉じた。それから真摯な態度で謝罪をされる。
「すみませんでした。本に没頭してここがどこかも忘れていたようです」
「いえ、それほど熱心に閲覧して頂けるのはありがたいことです」
実際、大木さんは種族的ハンディキャップを抱えながらページめくりまで用意して日参して下さるありがたい利用者さまだ。人類が減少して存続が厳しくなったこの図書館に匿名で支援をして下さっているのも公然の秘密だ。だからといって利用規約違反を目こぼしは出来ないが。
「ではまた明日。お土産をありがとう」
爽やかにそう言って立ち上がった大木さんの、尻尾でバランスしたりゅうとした立ち姿は相変わらずダンディだ。
「ええ、お待ちしています」
いつものようにそう言って大木さん、本名『大いなる木の許の硬き鱗の戦士』さんを見送った。
end.
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